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モチーフとなった立石は家のすぐそばにある海岸です。僕は人物も風景も静物も身近なものをじっくり見つめたいという気持ちが描くことの動機なので、散歩道の景色などから誘発されて絵画にすることが多いのです。神奈川県の葉山に引っ越して11 年経ちましたが、立石は歌川広重の浮世絵にも登場するような景勝地で、やや出来すぎた構図になってしまうことを恐れて、描くことを躊躇し早10 年が経ってしまいました。

 

2020 年のコロナ禍以降、家の近所をよく散歩するようになって、立石にも立ち寄ることが多くなりました。その時にこの景色の魅力をあらためて再発見したのです。

でも、普段は風景をあまり描かない塩谷が、絵はがき的ではない自分の立石風景を描くにはどうすればいいかと考え始めました。

 

立石には霧が出る日が稀にあって、そうすると奥に見える富士山などの見せ場が全部消えてしまうのですが、その方がなんか自分らしいなと思って。本当は画面左側に、名前の通り立石がそびえ、右側に松林が広がり奥に富士山を望むという、完璧な構図が出来上がります。それらを全部霧の向こうに追いやって、素朴でありふれた景色として切り取るほうが僕らしいと思い至ったのです。

 

自分は曇り空が昔から好きなんですね。景色がクリアに見えすぎず、霧の向こうを想像させたり、雨が降りそうな気配や束の間の晴れ間など、その前後の時間を想起させたりするような天候です。散歩が日常になってそういう出会いが増え、ようやく絵にできるという実感が持てたのです。

霧で富士山が隠れた立石霧景

塩谷 亮

1975 年、東京都生まれ。武蔵野美術大学油絵学科卒業後イタリアに留学。フィレンツェにて文化庁新進芸術家海外派遣研修員を歴任。現在、二紀会会員、九州産業大学芸術学部客員教授、日本大学芸術学部非常勤講師。

大畑 稔浩

1960 年島根県生まれ。東京藝術大学大学院修了(1990)。白日会展初出品にて白日会賞、文部大臣奨励賞W受賞(1988)。新聞小説『天涯の花』(宮尾登美子著)挿絵担当(1996)。前田寛治大賞展準大賞(2001)。白日展にて内閣総理大臣賞受賞(2007)。現在、白日会会員。

五味 文彦

1953年長野県生まれ。武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。2005年白日会内閣総理大臣賞、2018年MEAM ホキ美術館展出展。細密な静物画から、深淵な風景画、斬新な人物画まで、常に新たな写実絵画を模索している。

風景の名画を揃えているホキ美術館の中で人物画が多い自分としては、風景画で負けてはいけないという気持ちと、自分ならではの心象を表現しなくてはという気持ちがあります。風景画では光のクリアな光景を描く作家が多いのですが、僕の場合先ほどお話しした、ベールがかかったような柔らかい風景を描きたいということが一つありました。

もう一つはマチエールの工夫です。普段人物画を描くときの絵肌ですと滑らかに仕上げますが、あの霧の感じを出すのにどうしたらいいかと思案しました。絵具をペタッと塗りつけるだけでは表現できないと思い、絵肌に霧感が出るようなざらつきを最初の段階でつけ、霧の粒子感や乱反射した煌めきが感じられるようにしたのは初めての試みです。

絵肌に霧感を出したマチエール

※ギャラリー8に展示中

風景を描く動機はもちろんその現場との出会いが大切ですが、人物画でもモデルとして絵になりそうな人に出会ったとしても、描くまでにいつも熟考期間を設けています。綺麗なだけで絵になるわけではないですし、風景にしても、見慣れた景色を自分なりに消化し、熟成させてから描き出すということを大切にしています。 つまり熟成期間は僕にとってエスキースです。このコロナ禍はそんな身近なものをあらためて見つめる時間になりましたね。先日開催した個展はちょうどコロナ禍2年間に描いた作品を発表したのですが、後で思えば家の近所半径数キロぐらいの人物、静物、風景だけで構成されていました。コロナがなかったら生まれ得なかった作品群です。

見慣れた景色を消化し熟成させる

人も文化も食もイタリアが大好きなんです。特にフィレンツェ。絵画研究のための留学先もやはりフィレンツェを選びましたが、どっぷりとイタリアの魅力に浸れた至福の1年間でした。その後何度も行くことになりますが、もう、イタリアに帰るという言葉を使いたいぐらいにすぐにでも行きたいですね。

オレンジ色の屋根瓦が続くイタリアの写真集を中学生のころ見て、海外の憧れの景色として刷り込まれてしまいました。中世にタイムトリップしたようなこの美しい町に絶対にいつか滞在したいと。20年後、ルネサンス絵画の研究と合わせてその夢が叶いました。

ルネサンス絵画を学びに留学したイタリア

※現在ホキ美術館での展示はありません

もちろんオランダやパリも好きですけれど、まずイタリアの石造りの街の色が好みなんです。特にトスカーナ地区の茶色の街並みにオレンジの屋根瓦、鎧戸に入った緑とか本当に絵画的で、抽象的な美しさもある。自分の感性に合っているんですね。そして旅にはスケッチブックやカメラも持って行きますが、旅先に絶対に必要なのは妻ですね。一緒に居ないと面白くないですし、感性が似ているのでいいなと感じるツボが一緒なんですよ。やはり分かち合えるということは最高だし素晴らしいですよね。もし1 人で同じところを旅していたら、感動半分かもしれません。

自分の感性に合った街の景色やその色彩

ここがちょっと不思議と思われるかも知れませんが、自分の好きな風景と絵にすべき風景は必ずしも一緒ではないんですね。だから実はイタリアの風景はほとんど描いていません。イタリアの景色は憧れに近いもので、いいなと思ってすぐ描くだけだと、絵に深みが出ない気がします。描く意味が問われるというか。

やはり僕はもっと個人的な日常のものを深く見つめたい、というところに根差しているのです。そうすると結局身の回りばかりに目がいくんですね。

海外旅行が縁遠くなってしまったいま、日本各地の魅力を再発見し、できれば将来作品化したいところです。最近は日本の南、特に長崎、熊本などをじっくりまわりたいと思っています。

描きたいと思う瞬間は日常のものを再発見すること

作家インタビュー

塩谷 亮

1975 年、東京都生まれ。武蔵野美術大学油絵学科卒業後イタリアに留学。フィレンツェにて文化庁新進芸術家海外派遣研修員を歴任。現在、二紀会会員、九州産業大学芸術学部客員教授、日本大学芸術学部非常勤講師。

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​大畑稔浩

五味文彦

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